人文社会科学LABO

塾講師による人文社会科をわかりやすく解説するブログ

【世界史】【哲学】アナクシメネス 検証にこだわった哲学者

いらっしゃいませ! 人文社会科学LABOへようこそ! こちらでは、こんなことしてます。よろしければ、ご覧になってみてくださいね。

 

miyamot.hatenablog.com

今回は、ミレトス学派最後の一人、アナクシメネスについて解説していきます。

タレスアナクシマンドロスの記事でも書きましたが、古代の哲学者たちは本当に現存の資料が少ないです。アナクシメネスもその例に漏れないどころか、ミレトス学派で最も少ないです。(タレスアナクシマンドロスアナクシメネスの順に現代に近づいているので資料が増えていてもいいと思うのですが...。)

ぼやいてもしょうがないので、早速行ってみましょう!

 

 

1.アナクシメネスとは

見出しを作っておいてなんですが、前述の通りこのアナクシメネス、資料があまりにも少ないため、その生涯が全くと言っていいほどわかりません(笑)一応父親の名前はわかっているのですが、その信憑性も怪しいとされています。

アナクシマンドロスの弟子か友人であったということは確かとされていますが、研究が進むにつれてもしかするとこれも覆るかもしれません。

ですので、今回は長年確かだとされているアナクシメネスの哲学に論点を絞って解説していくことにします。

2.アナクシメネスの考え

約2700年前に産声を上げた哲学。タレスアナクシマンドロスと受け継がれてきた議論において、アナクシマンドロスの弟子であるアナクシメネスは一体どんな考えを示したのでしょうか。

2-1.時代背景と師匠への疑問

まず彼の考えを、哲学を知るにあたってはタレスアナクシマンドロスの活躍が欠かせません。以下にタレスアナクシマンドロスのリンクを貼っておきますね。

miyamot.hatenablog.com

 

miyamot.hatenablog.com

 簡単まとめておきましょう。

  •  全人類が言語や文化、価値観を超えて物事の本質に迫り、議論できる哲学というものが整備されてきた。」
  • 当時の哲学のメインテーマが世界は何からできているのかということだった。」

こうした状況の中で、アナクシメネス「世界の根源は何か」(世界は何からできているのか。)という問いに挑んでいきます。

アナクシメネスに先んじてこの問いに答えを提示したのは、師のアナクシマンドロスでした。アナクシマンドロスの答えはこうです。

「世界の根源は無限定者ト・アぺイロン)である。」

「なんのこっちゃ」という方は先程のアナクシマンドロスの記事を参照いただければと思います。簡単に言うとこの世のあらゆるものや現象は、無限定者というものから生じている。だから、この世界は無限定者からすべて説明できる。とアナクシマンドロスは考えました。

この考えは非常に難解ですよね。ですが、その難しいという感覚はアナクシメネスの考えを知るうえで重要なポイントになります。

なぜなら、アナクシメネスもこの考えに疑問を持ったからです。彼の思考を覗いてみましょう。

「世界の根源は無限定者ト・アぺイロン)である。」―師匠はこう言うが、これで世界を説明したことにはならないのではないか。

無限定者ト・アぺイロンというものが存在するとして、量的にも質的にも形的にも無限、無規定、不定形なものをどうやったらとらえることができるのか実体を観察できないものが果たして存在していると言えるのであろうか

師の考えに不全感を抱いたアナクシメネスは、こう考えました。

「世界の根源は観察可能なものであるはず。」

では、アナクシメネスは一体どんな世界の根源についてどんな答えを提示したのでしょうか。

2-2.世界の根源は空気(アーエール)

「世界の根源は空気アーエール)である。」

これが、アナクシメネスの出した答えでした。ここで少し注意が必要なのが、資料の少なさから、この空気(アーエール)が私たちが一般的に思う「空気」なのか、それともアナクシメネス独自の「空気」という概念なのかがわかっていないという点です。(ここでも古代あるあるですね。)ただ、一般的な「空気」との類似点もあるため、ここでは一旦『空気(アーエール)≒一般的な空気』として扱うことにします。

いかがでしょうか。

ここまでの思考プロセスを見ると、アナクシメネス哲学の根本を見直したと言えそうです。

師匠のアナクシマンドロス無限定者(ト・アぺイロン)という抽象的な概念で世界を説明しようとしました。彼の考えは確かに合理的に考えられており、無限定者(ト・アぺイロン)の存在が確認出来たらみんな納得だったかもしれません。そう、存在が確認出来たらです。これが確認できなかった。

哲学とはどんなものだったか思い出してみましょう。タレスの回で少し触れているのでよろしければご覧になってみてください。

miyamot.hatenablog.com

 哲学は、言語や文化、価値観などの違いに関係なく、みんなが共通理解できる形で世界をとらえられないかというところから出発しました。

そのことを踏まえてアナクシマンドロスの答えを吟味してみると、やはり無理があるように思えます。誰もが観察不可能なものをみんなが理解、納得することはなかなか難しいのではないでしょうか。(※誰もが観察できないからと言って存在していないという意味ではありません。確認できないだけで存在しているということは十分に考えられますからね。存在するかどうかが確かめられないものをみんなが理解、納得するのは難しそうということです。例えば、アナクシマンドロスの無限定者とか神様とかですね。)

アナクシメネスは、この確認できるか否かにこだわりました。観察可能なものは存在し、観察不可能なものは存在していないと考えたわけですね。

そして、世界を構成する無限のエネルギー的なものを想定した師匠の考えは踏襲しつつも、それは観察可能なものであるとして、まさに世界中に無限に広がっている「空気」に世界の根源を見たわけですね。

 では、アナクシメネスの功績とはどんなものだったのか最後に見ていきましょう。

3.アナクシメネスの功績

アナクシメネスの考えを見て、もしかすると「あれ?なんかタレスみたいじゃない?水が空気になっただけでしょ。進歩していないような。」なんて思った方もいらっしゃるかもしれませんね。確かに彼の「世界の根源は空気アーエール)である。」という文字だけ追うとそう見えますが、実はこれなかなか深いんですよね。高校までの知識から少し踏み込んで見ましょう。

3-2.検証へのこだわり―質から量へ

アナクシマンドロスアナクシメネスの考えを比較しながら見てみましょう。

  • 「世界の根源は無限定者ト・アぺイロン)である。」

アナクシマンドロスはこの「無限定者」なるものから世界のあらゆる物事が生じると考えましたね。ただ、どのようにしてそれが生じるのかということが説明されていませんでした。(少なくとも今わかっている資料ではですね。説明していたがその資料がまだ見つかっていないか、今は失われているかということが考えられますが、前者であってほしいと願うばかりです。)

少し詳しく言うと、無限定者からどのようにして水や火が生じるのかが説明されていなかったということです。

一方、アナクシメネスの方はというとこうでしたね。

  • 「世界の根源は空気アーエール)である。」

アナクシメネスは、「空気(アーエール)」からどのように世界の物事が生じるか説明しています。これだけ聞くと「それだけかい」ってなる人もいるかと思いますが、大切なのはその説明方法です。

彼は、空気アーエール濃密度によってこれを説明したわけです。

つまり、空気(アーエール)が希薄になると「火」に、そこから濃密になるに従って「水」や「土」になっていくという説明をしました。イメージ図を載せておきますね。

f:id:miyamot:20210116175409j:plain

ここで結論を言いましょう。彼の最大の功績は説明に客観的な「量」という概念を取り入れたということに他なりません。

タレスアナクシマンドロスまでは性質(質)の問題が残されてきました。

例えば、冷たいという性質をもつ「水」から反対の熱いという性質を持つ「火」はどうやったら生まれるのかとか、無限定者からあらゆる性質のものがどうやって生まれるのかとかですね。

それを踏まえてアナクシメネスの何が画期的だったか。次の例を考えてみましょう。

AくんとBくんが温泉に行きました。Aくんが先に入ると熱すぎると言っていたため、Bくんが設置されていた温度計を確認したところ35度でした。

これってきっと、2人とも「あれ、全然熱くないね。」ってなりますよね。

つまり、この熱さや冷たさという性質(質)の問題って主観的なものだったりするわけです。そこを、35度という客観的な指標に置き換えることで「そこまで熱くない」という共通理解が成立するわけですね。これならみんなが検証可能ですね。

繰り返しになりますが、当時の哲学の大きな目的は言語や文化、価値観などの違いに関係なく、みんなが共通理解できる形で世界をとらえられないかということでした。そのことから考えると個人によって異なる主観的な「質」からの説明ではなく、みんなが納得できる客観的な濃密度という「量」からの説明を取り入れたアナクシメネスの功績はかなり大きいと言えますね。

※今回は本論とズレてしまうので解説していませんが、主観と客観については哲学史上大変大きな問題がありますので、頭に留めておいていただけると幸いです。主観と客観は区別できるのかとか、一致するのかとかですね。ちなみに当時は区別可能だとされていました。

4.まとめ

いかがでしたでしょうか。今回はミレトス学派最後の一人アナクシメネスについて解説していきました。哲学は射程が広くテーマが複雑に絡み合っているため、あれを説明したら、これも説明しなければならないということが多いですね。そこが面白い部分でもあるわけですが(笑)

今回も何かの役に立てていただけたら嬉しく思います。

また、今回触れられなかった主観と客観についてはまた別の機会に解説する予定なのでいましばらくお待ちいただけると幸いです。 

感想、質問、リクエストなんでもウェルカムなので、ぜひ気軽にくださいね。お待ちしてます。 ではまた次回お会いしましょう。