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【文化人類学】農耕文化 穀物農耕なくして人類の発展はなかった

いらっしゃいませ! 人文社会科学LABOへようこそ! こちらでは、こんなことしてます。よろしければ、ご覧になってみてくださいね。

miyamot.hatenablog.com

農耕文化ー。学校の社会科で耳にしたことがある方も多いかもしれませんね。

小中学生はもちろん、高校の世界史や日本史でも必ず出てくる言葉ですが、いつ始まったかだけ覚えさせられるだけで、何が凄くてこんなにしつこく出てくるのかと思った方もいるかもしれませんね。(筆者は学生のとき、そうでした(笑))

今の時代に農耕文化と聞くと単純に「あー、昔の農業ねー。」ぐらいでイメージされることがほとんどかと思いますが、農耕が無ければ、人類社会はここまで発展しなかったか、発展がかなり遅れていたと言えるほど重要なものになってきます。

今回は、農耕がどのように人類社会の発展に絡んできたのかについて解説していこうと思います。

それでは、いってみましょう!

 

 

 

1.狩猟採集の文化

文化人類学における民族の分類方法はいくつかありますが、基本的なものとして「食糧確保の手法による分類」があります。

文化人類学については、以下の記事を参照していただければと思います。ただし、参照しなくても理解できるようになっています。

miyamot.hatenablog.com

 

食糧確保の手法は大きく以下の4つに分類ができます。

①狩猟採集 ②農耕 ③牧畜 ④工業

今回は、農耕の特集なので狩猟採集から農耕になり、どのように人類の発展に影響があったのかを見ていきましょう。

まずは、狩猟採集からです。

1-1.狩猟採集の社会

狩猟採集人類最古の食糧確保手法です。

槍を投げたり、木の実を採ったりのイメージがあるかと思いますが、まさにそのイメージ通りです。

  • 狩猟採集:基本的には、男性が動物性食糧を確保し、女性は植物性食糧や小動物を確保する手法。(hunting and gathering)

ここで少し注意が必要なのが、上記の定義はあくまで原則的なものであるという点です。近年の研究や発掘で、女性が大型の動物性食糧の確保、つまり狩りをする狩猟採集社会もあったとの見方が強まってきています

もう少し具体的に見てみましょう。

1-1-1.狩猟採集民の生活

狩猟採集の典型例とされるタスマニア島(オーストラリア南部)の住民は、カンガルーを狩っていました。もちろん食料にしますが、骨や皮からは槍や衣類を作っており、生活に欠かせない存在だったことが窺えます。現在ではその生活は、イギリスの植民地政策により失われていますが、19世紀初めごろまで続いていました。

アメリカのネヴァダ州のインディアンであるパイユート族ショショニ族は、男性はシカやカモシカなどを狩りますが、最も盛んなものは女性と子供も一緒に行うイナゴ狩りです。彼らの生活圏には大型の動物が少ないため、小さなイナゴを男性はもちろん、女性や子供も一緒に捕って主たるタンパク源としています。さらに女性は、100種類以上の植物を採集することで彼らの食の基盤を成しています。

同じアメリカでも北米の平原インディアンと呼ばれるスー族シャイアン族の生活圏では、バッファローやバイソンといった大型動物が生息しているため、女性の採集もありが、男性による組織的な集団猟が発展し、獣肉が主食となっています。

また、狩猟採集の場は陸地だけとは限りません

北極圏のエスキモー(イヌイットと呼ばれる人々は、海から魚やクジラ、アザラシなどを獲っています。これらは生食が基本であり、植物性食糧の採集が困難な北極圏でもビタミン不足にならずに生活しています。

1-2.狩猟採集社会の性質

以上のように一口に狩猟採集と言っても、狩猟と採集の割合や主食となる食べ物は民族によって様々です。

では、この社会に共通する性質とは何でしょうか。

それは、「生活の不安定さ」になります。

人間が生産するのではなく、食糧確保を完全に自然の方へ依存しているため、気候変動や環境の変化の影響をもろに受けてしまいます。つまり、変化への対応が困難であり、食糧難に陥りやすいわけですね。

実際に上記のエスキモー(イヌイット1960年代に深刻な食糧難によって餓死者が出るまでになっています。

社会において安定した食糧供給ができないということは、発展のしにくさに直結します。少ない食糧をみんなで分け合わないといけませんからね。

だから、必然的に集団も小規模なものになり、変化に対応しにくい集団は食糧難のリスクを伴うため、移動範囲も限定されていきます。

これらの社会では、バンドボルドと呼ばれる集団が形成されることが多いですが、その規模はどれもかなり小規模なものとなっています。

  • バンド:いくつかの家族が集まって形成される集団。一定の土地の限られた範囲内を移動し食糧を確保する。

ここまでの内容をまとめると、狩猟採集の社会は食糧難のリスク移動範囲の限定と隣り合わせであり、その発展のしにくさを内包しているということになります。

2.農耕文化と人類の発展

農耕の起源は、約9000年前西アジアでの麦の栽培が始まりとされています。

私達と同じ現生人類(ホモサピエンス、新人)が出現したのが、20万年ほど前の出来事なので、少なくとも大体20万年近く狩猟採集の時代が続いたということになりますね。

では、狩猟採集から農耕文化に移り変わることで、人類の発展にどんな影響があったのでしょうか。

2-1.農耕とは

まずは、農耕とはどんなものかおさらいしておきましょう。

  • 農耕:田畑を耕し、種子や苗、球根などを植えて作物を育て、食糧を継続的かつ循環的に生産する手法。

冒頭で挙げた4大手法は数字の順に発展していきますが、農耕狩猟採集(自然から獲得するだけの手法)から一歩進み、自ら食糧を生み出そうとするものになってきます。

これの始まりにより、集団で田畑を耕し、作物を育て、収穫する必要性が出てきて村落が出来上がったと習いますね。

農耕が始まって初期のものを原初的農耕と呼びます。これは根栽農耕穀物農耕に大別されます。

次は、この2つについて見てみましょう。

2-2.根栽農耕と穀物農耕

根栽農耕穀物農耕、あまり耳慣れない言葉かもしれませんが、これら(特に穀物農耕)の登場は、人類の発展に大きく影響いていますそれどころか、絶対条件と言っても過言ではありません

世界史で習った方も多いかと思いますが、農耕新石器時代の始まりは、ほとんど一致します。

これは少し注意が必要で、ここでの農耕は村落レベルのものを指します。

つまり、村落という規模での農耕の開始が新石器時代と被るわけですね。そしてもう少し後に、有名な4大文明(メソポタミア文明エジプト文明インダス文明黄河文明が登場します。

何が言いたいかというと、農耕の登場後に徐々にコミュニティーの規模が大きくなっていっているということです。

このメカニズムを根栽農耕穀物農耕から見ていきましょう。

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農耕の起こりと4大文明
2-2-1.根栽農耕
  • 根栽農耕:根や茎の一部を埋めて栽培する農耕。主に熱帯地域で行われる。

根栽農耕は、根茎農耕塊根農耕とも呼ばれ、世界最古の農耕とされています。主な作物は、バナナ、サツマイモ、ジャガイモ、ヤマイモ(ヤムイモ)、サトイモタロイモ)などです。発祥地は、インドや東南アジアとされ、約15000年前頃に始まったとされています。現在ではオセアニア地域でも行われています。

2-2-2.穀物農耕
  • 穀物農耕:種子を蒔いて、穀物を栽培する農耕。主に温帯地域で行われる。

穀物農耕は、種子を蒔いて大麦や小麦、ライムギ(黒麦)などを生産します。発祥地は、パレスチナやシリアなどの西アジア地域約9000年前に始まったとされています。このころになると、農耕と並行して牧畜も行われるようになっていたとされています。

2-2-3.根栽農耕と穀物農耕の違いと人類社会への影響

では、いよいよ結論に参りましょう。根栽農耕穀物農耕の違いは何でしょうか。

これは、単純に作物の違いになります。でもこれが、人類の発展には重大な違いになるんですね。キーワードは保存性です。

根栽農耕で作られるものと穀物農耕で作られるものを比べると、長期保存ができるか否かという違いがあります。

根栽農耕で作られるバナナとかを想像してもらうと分かりやすいかもしれませんが、結構すぐ色が変わって熟していきますよね。

これは、早く腐敗へと進んでいくということでもあります。

一方、穀物農耕で作られる麦や稲などは、根栽農耕の作物と比べて腐敗しにくいです。

これは「安定した食糧生産」に大きな違いを生み、「人口増加」に直接的な影響を与えます。

長期保存ができない根栽農耕では、常に食糧を収穫し続けなくてはなりませんが、10000年以上前の時代の自然相手にこれは不可能に近いです。

一方、長期保存が可能な穀物農耕では、一時的な不作があっても保存したもので生活することができます。

余剰の食糧が無ければ、人口を増やすことはできないため、根栽農耕より穀物農耕の方が人口増加には適しています

次に、食糧の保存性は「人類の移動範囲」にも大きく影響します。

食糧の保存性に乏しい根栽農耕では、食糧が穫れる地域に行動範囲が限定されますが、保存性の高い穀物農耕では、長期的長距離的な移動が可能になります。

根栽農耕で長期的長距離的な移動をした場合、途中で食糧が腐敗してしまえばゲームオーバーですが、穀物農耕では、仮に移動先で食糧が見つからなくても穀物は腐りにくいのでなんとか食つなぐことができますからね。

穀物農耕により、ある程度の余裕が出てくるとみんながみんな農耕に従事する必要が無くなってきます。これは現代の日本と同じですね。みんながみんな稲作をしないと米が食べられないなんてことはないですよね。

つまり、農耕に従事する者とそうでない者の分業化が進むというわけです。

穀物農耕の特徴を考えると、収穫時期が限定されています。そこから、収穫時期にしっかりと作物が穫れるように祈祷する儀礼や祭祀、それらを司る祭司者の役割が発達します。これにより、自分たちの生活に関わる収穫の善し悪しを左右する祭司者の立場が強くなり階級社会(都市や共同体)が形成されていくというわけですね。

2-2-4.西アジアから始まる4大文明

ここまでくると先程の図にある4大文明西アジアからスタートしたかがお分かりいただけるのではないでしょうか。

インドや東南アジアでは、根栽農耕がメインでしたが、西アジアでは穀物農耕がメインでした。これは、西アジア肥沃な三日月地帯(『エジプトの古代記録』ーヘンリー・ブレステッドより)と呼ばれる肥えた土壌があったことが大きな要因です。

人口増加生活圏の拡大社会(都市、共同体)形成といった人類の発展に欠かせない絶対条件を満たす穀物農耕西アジアから始まり、東へと伝播していったことで文明も西アジアから東へと順に起こっていったということになります。

穀物農耕がすべての文明の出発点と言っても過言じゃないわけですね。

3.まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は、農耕文化について文化人類学的に解説してみました。

小中高と何度も出てくる内容でサラッと通りがちな内容ですが、人類史でもかなり重要な部類に入ってきます。

今回解説した狩猟採集農耕、紹介していない牧畜工業、これらは文化人類学では生活技術経済技術の分野になります。

一般的に文化というとある集団の生活様式や精神性の根本にあるもの、生活技術や経済技術より深い部分にあるものと考えられがちですが、今回の解説の内容を踏まえると生活技術や経済技術が文化の根本という見方もできますね。実際にそういう見方をすることもあり、これはこれで面白い見方ですね。

農耕については今でも人文社会科学において研究が進んでおり、近年新しい発見も出てきています。そのため、今回解説した内容とズレが生じることもあるので、ここでの解説は基本としてぜひ最新の研究を追ってみてください。筆者も追います(笑)

ということで今回はここまでです。

感想、質問、リクエストなんでもウェルカムなので、ぜひ気軽にくださいね。お待ちしてます。 ではまた次回お会いしましょう。